はじめまして、株式会社ネクスト リッテルラボラトリーの清田です。
もともと、私は大学の研究者だったころに創業メンバーとして関わった大学発ベンチャー「リッテル」にて、図書館などの膨大な情報をさがしやすくするシステムなどの研究開発にたずさわっていました。
2011年にネクストにジョインしてからは、HOME'Sの膨大なログデータの裏にかくれた潜在的なニーズの発見など、情報レコメンデーション技術の研究開発に日々取り組んでいます。
今回、これまでの研究成果のひとつとして、スマートフォンアプリ「ホームズくんのこれからシアター」をリリースしました。 (iOSとAndroid、両方に対応しています)
ホームズくんや劇場のなかにいる動物たちからの質問にタッチ操作で答えていくだけで、理想の住まいへホームズくんが案内してくれるというコンセプトのアプリです。
アプリの制作にあたっては、面白法人カヤックさんに多大なご協力をいただきました。
インストールはこちらから
この記事では、「ホームズくんのこれからシアター」の裏側にあるコンセプトをいくつかお伝えしたいと思います。
「理想の住まい」にどうやって案内するか?
家探しをしたことがある方はご存知のとおり、最初から思い描いていた条件(場所、値段、間取り、築年数、楽器可や南向きなどのこだわり条件、その他もろもろ)がすべて一致する物件にいきなり出会えることは、まずありません。
家探しをする人は、さまざまな制約(収入、家族構成、勤務先・通学先、引越しの時期など)がある中で、現実に存在する物件をみながら、「どの条件を優先するか」「どの条件を妥協するか」という決断を迫られます。
より満足できる住まいはどれかと悩みながらも、物件検索サイトでの検索や物件の見学、身近な人への相談などの行動を続けることで、決断に近づいていきます。
最終的に契約を決めた物件が、最初に思い描いていた条件からだいぶかけ離れていることも少なくありません。
家探しにかぎらず、何かを「探す」というプロセスでは、人間がもっている知識が、情報に出会うことで変化しつづけることが知られています。
イギリスの情報学者ブルックスは、情報に出会うことで知識がどう変化するかを、以下の式(ブルックスの方程式)で端的に表現しています*1*2。
K[S] + ΔI = K[S + ΔS] K[S]: 情報を得る前のSに対する知識 ΔI: 獲得した情報 K[S+ΔS]: 情報を得た後の知識
この式は、人間の知識は出会った情報が単純に足し算されるわけではなく、情報と出会うことで知識の構造自体がダイナミックに変化しつづけることを表しています。
ブルックスの方程式を、家探しをしている人にあてはめてみましょう。
「出会った物件や物件情報が住まい探しの条件をそのまま左右する」という理解は、正しくないことがわかります。
「物件や物件情報との出会いをきっかけとして、自分が本当は何を次の住まいに求めているのかをじっくり考えることによって、理想の住まいにより近づくために、自分の知識を変化させていく」というのが、本来の住まい探しのあり方だということが言えるのではないでしょうか。
「理想の住まい」に案内するために、ユーザーに質問を投げかけるという「ホームズくんのこれからシアター」のコンセプトは、「ユーザーがじっくり考えるきっかけをつくることが、結局は理想の住まいにたどりつく近道である」という考え方からきています。
「理想の住まい」へのヒントをどうやって提案するか?
「ホームズくんのこれからシアター」では、2〜3個の質問回答を数回繰り返した後、ユーザーが住まいに対して求めていると思われる条件を、ホームズくんがヒントとしていくつか提案してくれます。
「質問でユーザーが選んだ選択肢」と、「ホームズくんが提案してくれるヒント」をどのように結びつけるかについては、現時点では明確な正解はありません。
ただ、「理想の住まいかどうかを決めるのはけっきょく本人の主観」であり、「理想の住まいに対する知識は変化しつづける」というブルックスの方程式の考え方を前提とすると、ベイズ確率の概念は非常に参考になります。
「これからシアター」の裏側では、ベイズ確率の概念を利用して、質問でユーザーが選んだ選択肢によって、ユーザーに提案するヒント(の確率)を更新していくという仕組みが動いています。
以下の図にあるように、たとえば「将来不安に思っていることは?」という質問で選んだ選択肢によって、ユーザーが「ファミリー向け物件」にどれくらい関心をもっているかを表す数値(確率)を更新していくことで、どのヒントを提案するかを決めています。
住まい探しをするユーザーのニーズはどのように変化するか?
住まい探しをするユーザーの本当のニーズを知るのは、簡単ではありません。
住まい探しをつづけるユーザーは、情報を受け取りながら「理想の住まい」へ近づくために、住まいへのニーズを変化させていきます。
どのように自分のニーズを変化させているかは、ユーザー自身でさえうまく説明できないものです。
ユーザーの行動(物件情報の検索、閲覧、物件の見学、契約など)の裏にかくれた本当のニーズを探るため、ネクストではログデータの分析やアンケートなど、さまざまな取り組みをつづけています。
ここでは、自然言語処理の分野でよく利用されているLatent Dirichlet Allocation(LDA、潜在的トピックモデルの一種)によるログデータ分析の取り組みを紹介します。
HOME'Sなどの物件検索サイトを使って住まい探しをするユーザーは、一度のサイト訪問だけで住まい探しを完結させることはむしろまれで、数日間〜数週間にわたって物件情報を探しつづけるのがふつうです。
場合によっては、不動産会社に足を運んだあともサイトで検索したりもします。 そこで、一度のサイト訪問(セッション)を「文書」、サイト訪問内でのユーザー行動(検索操作、検索条件、物件情報閲覧など)を「文書中に出現するキーワード」になぞらえて、LDAによる分析を試みました。
上の図は、(おもに賃貸物件を探している)ユーザーのニーズが、時間の経過とともにどのように変化していくかを可視化したものです。
はじめはただ漠然と物件リストを眺めていたユーザーが、訪問回数を重ねるにつれてより具体的な行動(物件情報の閲覧、お気に入りへの登録、物件検索条件の変更、不動産会社への問い合わせ)に移っていく様子がわかります。
また、「地図での検索しか使わないユーザーが一定割合いること」「不動産会社への問い合わせから数日後、物件名などをサーチエンジンで検索してHOME'Sを再訪するユーザーがいること」なども読み取れます。
上の図は、住まい探しに役立つコンテンツの閲覧ログを対象に、同様の分析を試みたものです。
- 住まい探しをはじめるユーザーの興味はすべて同じではなく、「住まい自体」「次の住まい」「ライフプラン」など、いくつかの異なる興味をきっかけに住まい探しをはじめていること
- 漠然とした興味をもっているユーザーは、「住み替えニーズ」や「住まいのイメージ」を扱ったコンテンツの閲覧をへて、具体的な住まい探しの行動を起こせるように自らの住まいへのニーズを明確にしていっていること
などが読み取れます。
おわりに
「これからシアター」では、「住まい探しのイメージを具体化させるのに役立つ質問は何か」「ユーザーの真のニーズを把握するには、どんなユーザー行動の分析が有用か」といった研究課題に、アプリの運用をつうじて取り組んでいく予定です。
アプリの運用から得られた知見についても、エンジニアブログなどを通じて発信していきます。
ぜひ実際にアプリをさわっていただき、多くのフィードバックをいただけるとうれしいです!