Apple原理主義者の大坪です。生活に疲れたエンジニアが何を言い出したかと言えば、Tony FadellがTED2015で行った"The first secret of design is ... noticing"というプレゼンテーションですよ。
彼は過去にiPodを発案し、担当シニアヴァイスプレジデントとなりApple退社後にNestを創業し、NestがGoogleに買収された後にはGoogle Xを卒業したGoogle Glassの監督をしているわけです。でもってその彼が語るデザインの一番重要な秘訣:"The first secret of design"とは
「Notice:気がつく」
なんだそれは,というわけで彼が話した内容を踏まえながら考えたことをつらつらと。
インタラクションシステムの開発に携わっていると、「人間の学習能力というのは異常」と感じることが多い。少し前のことですが、ポケベルが普及していた頃、ものすごいスピードで公衆電話のボタンを叩いてメッセージを送る若者がたくさんいたとのこと。いや、公衆電話のボタンは文字入力装置として最適とは言えず、より効率のよい入力方式がある、と言おうがなんだろうがとにかく使いこなしてしまうわけです。
こうした学習能力、適応能力があるので人間はいろいろな問題に満ちている日常を心穏やかに過ごすことができる。最初「あれ?」と思ったことでも3回も繰り返せば慣れてなんとも思わなくなる。学習能力万歳!と言いたいところですがこれには問題もある。
「こういうものだ」
と思い込んでしまうと問題の存在すら忘れてしまい、結果としてその問題が解決されることもない。というわけでFadell氏はNotice,そうした問題に気がつくことがデザインで一番重要なことだと説きます。この指摘をしたのは彼が史上初というわけではなく例えばこういう言葉もある。
天才とは、その人だけに見える新事実を見ることのできる人ではない。
誰もが見ていながらも重要性に気がつかなかった旧事実に、気づく人のことである。
引用元:塩野七生[しおの・ななみ]『ローマ人の物語〈2〉─ハンニバル戦記』
そうした「気づき」はコメディアンの仕事だと彼は言います。普段は忘れている「日常生活に潜む異常性」を大げさにを再現されると
「あるある」
と共感しつつ笑ってしまう。しかしデザイナー、イノベーター、アントレプレナーは問題に気がつくだけではなくそれを解決する方法を考え形にしなくてはならない。
1902年、メリーアンダーソンという女性が雪の日に車に乗っていたときのことです。彼女は運転手が前方のドアを開け窓ガラスについた雪を掻き落としつつ運転しているのに気がつきました。当時の人はみな「そういうものだ」と思っていたのですが、彼女はこんなのは馬鹿げている。もっとましな方法があるはずだと考えました。その結果近代的なワイパーを発明したわけです。
Fedell氏があげたもう一つの例は、彼がAppleで働いていた時のこと。Steve Jobsは彼らに「製品、サービスをビギナーの目で見ろ」と言い続けました。その結果として生まれた「改善」の例はいまでは当たり前になった
「電化製品を買ったら最初からある程度充電されていること」
これが「常識」ではなかった頃、ワクワクしながら新製品を買ったユーザは「最初の充電」の間指を加えて待たされていました。「そんなのはおかしい」とSteve Jobsはフルに充電された製品を出荷するようにしたとのこと。
ではどのようにすれば「誰の目の前にもありながら、誰も気がついていない問題に気がつく」ことができるのか?Fedell氏は以下の三つをあげます。
- Look Broader:問題を少し離れて広い範囲で考える
- Look Closer:細かいところにこだわる
- Think Younger:子供のような目で問題を見る
彼はそれぞれの項目について例をあげていますが、ここではそれらについて述べません。なぜかというとそれらの例を聞いても
「道は遠いな」
と感じるから。特に最後のポイントについてそう考える。振り返ってみれば子供の
「どうしてこうなっているの?」
という疑問から気がつかされることは確かにあります。しかしほとんどの場合
「あのね。長年にわたる観測の結果どうもエネルギーは保存するということがわかっていてね」
と説明しておしまいになってしまう。「疲れたー。歩きたくなーい」と問題を指摘するのはいいが、解決策がドラえもんのひみつ道具やホグワーツで習う魔法では、よい大人のデザイナー/イノベーター/アントレプレナーとは言えない。
ではどうすればよいのか。
疲れたサラリーマンに何が言えるというのでしょう?その代わりなぜ「問題に気がつくこと」がそれほど難しいかについて私なりの例をあげたいと思います。
ガラケー全盛時代。「日本のケータイは完成されたインターネットマシンだ」「今のケータイはやりつくされている」という言説を何度も目にしました。iPhoneが発表された後でさえこういう意見は多かったのです。
「慣れたもの」があるところに「慣れないもの」が割り込むわけですから、「慣れたもの」をさらに良くする方向にすべきですし、「慣れないもの」をすんなり受け入れられるようにするのが筋でしょう。
斬新さだけで入ってきたiPhoneはそれができてないわけで。今やってる最中かもしれませんけどね。
それにですよ。
iPhoneに因らず、購入者に耳を傾けるべきですね。[中略]
携帯もってて、iPodもってて、その2つを持つことをなんのためらいもなく受け入れている人にしてみれば、iPhone買うという選択肢はありませんよ。
ゲームやインターネットしない人に、いくら iPhone勧めても、興味を示しませんよ。引用元:iPhoneが売れていない、という印象を植え付けようとするどこかの誰かさん、にもの申す:Speed Feed:オルタナティブ・ブログ
いまから振り返って言えることですが、このコメントは
「新しい製品、サービスを考える際に”ユーザの意見を聞く”のは間違いだ」
という主張の裏付けになっている。つまり「普通のユーザ」は現状に慣れきっており、見えないがちゃんと存在している大きな問題に気がつくことはない。
「iモードケータイすごいっす!完成されてるっす!」
と思っていたわけです。しかしiPhoneを開発した人たちはそうではなかった。ジョニー・アイブはこう述べています。
all of us working on the first iPhone were driven by an absolute disdain for the cellphones we were using at the time.
引用元:The man behind the Apple Watch - Technology - How To Spend It
適当な訳:最初のiPhone開発に携わっていた人間は全員当時の携帯電話を徹底的に嫌悪していました。
いや、それは彼らが日本のiモードを使っていなかったからだ、とかそういうレベルの問題ではないように思えます。"Absolute Disdain:徹底的な嫌悪"という言葉は。
人に見えていない問題に気がつかなくては、画期的な製品、サービスを作ることはできない。*1
では、
「携帯とiPodをなんのためらいもなく受け入れいている人」
と
「携帯電話を嫌悪する人」
この二つの立場を隔てているものは何なのか。Think Youngerだけが答えとは思えない、と放り出したところで今回はおしまいです。
*1:「ほとんどの人が認識していない問題」について述べたところで定義により
「そんなことを言っている前にやることがたくさんあるだろう」(「見えている」小さな問題はたくさんあるから)
と潰されるだけ、という切実な問題もありますがここでは触れません。